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栗橋町南栗橋区画整理事業完成記念モニュメント『萌芽』に関する記事
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讀賣新聞2000年5月20日(埼玉版) |
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海の護岸に使われる波消しブロツクのような3つの白い物体、てっぺんからは黒い毛髪のようなものが天に向かっている=写真。栗橋町南栗橋の公園「豊田コミュニティープラザ」にできた豊田土地区画事業の記念モニュメント「萌芽(ほうが)」だ。21日に完成式があり、モニュメントも披露される。
町在住の彫刻家・小高一民さん(32)の作品で高さ4メートル。子供たちの健やかな成長と、子供たちを核にしてすばらしい町に発展してほしいという願いが表現されている。
区画整理事業は141.5ヘクタールの規模。19年かかって完成し、東武鉄道南栗橋駅を核に計画人口4,000世帯1万4200人のニュータウンができあがった。入居率はまだ4割弱だが、新旧住民が協力し、ともにつくることを掲げた町づくりは建設大臣賞に輝いている。
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Work's’97展(横浜市民ギャラリー)出品作品『弔いの図』について |
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美術評論家 ヨシダ・ヨシエ氏(季刊誌銀座美術第4号より) |
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オブジェから立体という概念、それに環境彫刻なども含めれば、「彫刻」といわれるものの定義は対象の広さに、荘然とせざるを得ない。しかし、今回の広い立場からここに集められたものには、ある共通性がある。それは対象の再現性を目的とせず、自已のイメージ世界を顕わそうとしているという点だ。最も若い世代の一人である小高一民まで含めて、イメージを回復させることを志向している。
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イメージという言葉は、語源的にはラテン語のイマーゴ、つまり事物の再現模像という概念が含まれていたはずだが、今回では映像から心象までの世界を包括しており、幅広く解釈されている。そしてここでは感覚性を強くもつ言葉として、わたしは使用している。そして、それは造形的には、一種求心的ともいえる存在感であるが、ほんとうは作家の感性やコンセプトが凝縮して、外に向けて力を放とうとしているといった方が適切であろう。その強い例が寄木造りに玉眼を嵌めこんだ西村公泉の作品だろう。十世紀以降、寄木造りは木彫仏に広く使われたとはいえ、たいていは二材とか四材で造られる一木造りに対する合理化であったが、これは、細かい材の断片があたかも筋肉の動きを抑えこむようにして、カを溜め込み外に放っているのだ。
そのようにしてベテラン、淀井敏夫の作品から、大平恵祥の穏やかな表現に至るまで、イメージヘの関心が素材を想像的世界へと蘇生させている。
素材の物質にだけ頼ろうとする彫刻や立体は世間に多いけれども、それは結局物質の力に負けている。ものそのものに語らせるという概念が逃げ言葉に聞こえてはならないとおもうのだ。やはり彫刻とは、物質と人間との闘いであろう。それは古代人のアニミズムともつながる思考である。
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| シュルレアリストは、理性の統制なしに思考の真のエクリチュールをするために、オートマティスムを積極的に方法化した。それをフロイト的な精神分析で納得せず、想像力のよりアクティヴな介入としてみるとき、シュルレアリズムのまだ古びてない世界がみえる。エルンストのセマンテ・ドゥ・ボンテ(慈善週間)という画集の波は、いまもわたしをふしぎな胸さわぎに誘う。心理学では、波はまさに無意識・夢の象徴だが、わたしにはオルガスムスの、あるいは死のひびきを連想させる。エロスとタナトスの波立つ一体化の極地にオルガスムスが位置するからだろう。彫刻の欄で、わたしが関心をもった小高一民などは、異質のイメージの相姦性によって、今日インスタレーションと呼ばれる環境へのヘルプ、あるいはアクセサリーとならず、死とエロスのべつの出会いに想像力をめぐらしているのだ。それが充分成功してないのは、具象と象徴的抽象の相姦の解剖台(アナトミー)の力学に欠けるからだ。しかし、もの派以後のイリュージョンの再生の兆しがみえる。死は個の肉体というオーガニック・サーキュレーションの過程として、必然的に個を襲い解体する。それを「死」というディスクールに囲いこまなければ、巨大な循環系がみえてくる。わたしたちの対面するひとつの土器、ひとつの木彫・石彫のなかに、どれほど多くの記号がかくされているか。それはアミニズムの目差しを復活させる。わたしたちは死者を食べ、死者で文化を造る。 |
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「シンポジウム−95木により、彫刻、青森展」(作品『Wedding』) |
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東奥日報1995年8月23日夕刊 |
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ヒバの大木を使った彫刻の制作現場を公開する「シンポジウム−95木により、彫刻、青森展」の作品がこのほど、青森市から深浦町のリゾート施設、「WeSPa(ウユスパ)椿山」に運ばれ、野外展示されている。背後に白神山地、目の前には日本海が広がる風景の中、南欧風の石造りを模したコテージと、温かみのある木彫り作品がうまく調和し好評だ。
深浦町では三年前から県選抜美術作家展を毎年開いている。また、昨年は町役場庁舎内に常設のギャラリーを造った。こうした美術に理解ある姿勢が同展実行委の目に留まり、作品展示が実現した。「−青森展」は八甲田神社境内で開かれ、石岡豊美さんら県内外の美術家六人が直径一・五メートル、長さ二メートルのヒバの丸太に挑んだ。深浦町では十点の作品が鑑賞できる。
埼玉県から参加した小高一民さんの作品は男女一対の像。上体を少し傾けた男女が芝生広場の白い小花と小烏のさえずりにはやされるように立っている。
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1994年日向現代美術展大賞受賞作品『萌芽(ほうが)』に関する講評及び記事 |
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審査 三木多聞氏 |
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黒御影石と大理石を組み合わせ単純化した抽象形態を構成している。大地から新しい生命が生まれ出る不思議なエネルギーを見事に表現しているのが何よりの魅力である。白と黒のコントラスト、のみ目の鮮やかな部分と磨き出した部分の組み合わせが効果的である。作者は「内在する力」に着目しているというが、その狙いは成功していると言えよう。 |
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讀賣新聞1994年11月16日(埼玉版) |
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宮崎県日向市で行われている「日向現代彫刻展」で栗橋町中央の新進気鋭の彫刻家、小高一民さん(26)の作品「萌芽(ほうが)」が大賞に選ばれた。二七日に同市内の会場で表彰される。小高さんは、「実力のある作家と並んで出品できるだけでも満足だと思っていた。次への大きなステップになった」と喜びを話している。
同展は、美術文化水準向上を狙って平成二年から日向市が主催している。出品作品のレベルは高く、今回も他の二十六人の出品者の多くは過去に彫刻界のビツグタイトルを獲得している実力派ぞろい。若手の受賞は快挙とされた。
小高さんは加須市出身で「自分をストレートに表現できることをやりたい」と、東京芸大彫刻科に進み、平成三年に卒業した。以来、各地の石彫シンポジウムなどに参加し今年の県展でも教育委員会賞を受賞するなど活躍が目覚ましい本県出身若手作家の一人。
「生命の始まりに興昧を持っている。内在するエネルギーを静かに表現するのがテーマ」と話す通り、受賞作も「大地から新しい生命が生まれ出る不思議なエネルギーを見事に表現している」と、審査に当たつた徳島県立近代美術館長の三木多聞氏から激賞された。
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・ 讀賣新聞1994年11月23日(宮崎版)にも関連記事有り |
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