sutudio GO-ZANZE 設立までのはなし

スタジオ・バンクハウス

平成3年(1991)から平成16年(2004)まで在籍していた「スタジオ・バンクハウス」というアトリエは、昭和57年(1982)3月に、当時大学を卒業したばかりの彫刻家たちが自由な制作空間を求め、芸大の先輩方が中心となり共同出資のかたちで(建物土地は賃貸)設立した。首都圏において、条件的にこれほど揃ったところは珍しく、今現在も十数名の彫刻家が在籍している。大学を卒業してすぐに制作活動に入れたのもバンクハウスが好条件であったおかげである。
LinkIconスタジオ・バンクハウスweb

物件探し

結婚後、片道1時間30分をかけて通うことが状況的に厳しくなり、在籍していたスタジオ・バンクハウスを脱会し、今住んでいる埼玉県栗橋町周辺で個人アトリエを開設しようと、通勤時間片道30分以内の範囲で条件に見合う物件を探し始めた。しかし、彫刻、それも「石彫」となると騒音や粉じんの問題もあり、なかなか適当な物件に巡り合えなかった。1年以上の間、時間がある時には不動産屋に電話し物件を見に行った。また、車でエリア別に回って探したりもした。その期間は電話代とガソリン代が通常の3倍以上掛ったと思う。(これだ!と思ったところが結局だめだと結構落ち込む、それが何度となく続くと、げんなり・・・)まあとにかく様々な物件があるもので、安い物件にはそれなりのいわくがついているものだ。さすがに、一家心中の後の家のたたずまいにはビビりました。それと、養豚場の目の前の物件。乾燥している風のない日は、「のどかなにおいだな~」なんて呑気なことも言えるのだが、風向きや、湿度によって状況は一変!雨上がりの日中はまさに狂い死にしそうな・・・ウッ。100坪400万じゃそんなものか・・・。
他にも、何人もの所有者が入り組んでいる小道を通らないと行けない土地とか、いいな~と思って、翌日不動産屋に詳しく尋ねようと思ったら強風で屋根がすっ飛んでいたなんてものもあった。

例えば、工場地帯であれば騒音や粉じんに関してはさほど気にせずにできるのだが、何しろ1物件が大きすぎて、一人で賄うには厳しい。一方、農村地帯にあった良さそうな物件も、そこに製造業(?)を営むための建物を建てることはできないのである。もし建てるとするならば、住宅兼作業場ということで建てるしかなく、更に、作業場の専有面積や最大電力などが法律で細かく決められている。また、水道の問題も大きい(幹線道路から遠いところだと水道を引くために多額の費用がかかる)。

「彫刻家(石彫を中心とした)」という職業の立ち位置が、「土地行政」という面から見た時に、ひどく中途半端なものであるということを身をもって知ることになった。首都圏で個人の石彫作家がアトリエを持つということは大変に厳しい状況なのである。特に大学を卒業したばかりで、なお且つ学校に(助手などで)残れない場合は。

そんな状況がしばらく続き、ようやく埼玉県北川辺町(自宅から車でぎりぎり30分・現在は加須市になっている)に条件に合った土地が見つかった。周りは線路と工場で縦長の120坪、道路は広いし、価格は750万!不動産屋のご主人が独自にローンを組んでくれるとのこと!これならば建物もすぐに建てられる!ということで、早速妻と相談し、契約する方向で話が進んでいった。

契約直前に・・・

契約の準備を始める段階にになり、物件に関する意外な事実がわかった。実は以前、この土地に建っていた建物を壊したときの産廃が土中に埋まっていて、なお且つ何が埋まっているかわからない、その件に関しては責任を持てない、と。安い買い物ではないのでやはり考えてしまう。単純にアトリエだけ、正確に言うと「作業」だけならさしたる問題でば無いのだが、将来的にそこをどう活用することになるかは分からない。私だけのものでもないし・・・。と、例のごとくまたどんよりした気持ちになり、帰宅して、それから何日も経たない平成18年(2006)10月のある日のことである。

私が住んでいるお寺のほとんど敷地内(農地解放前は間違いなく敷地であったと思われる所)に、以前からパチンコ屋の倉庫があり「このくらいが丁度いい塩梅なんだけどな~。」なんて思っていた。なんと!貸し物件の張り紙。とにかく連絡だということで電話の後不動産屋と物件の中を確認。いい感じである。多少痛んではいるが、雨漏りするなら直してくれるとのこと。どうにか売ってはもらえないかと嘆願したが、あっさり断られてしまった…。ここまできたら賃貸でも仕方ない。家からの距離を考えたらこれ以上の条件はない。ということでまたまた妻と相談しOK!

いざ!改築工事

誠に偶然にも最高の場所にアトリエを構えることができたわけである。めでたしめでたし、・・・・が・・・・、

予想以上にひどい雨漏りで、大雨のときには床に水たまりができるほどである。しかも、強風に煽られて屋根の一部がはがれそう。壁面にチョークで雨漏り個所をチェックしていったら、ほとんど全域。そして屋根の張り替え・外装工事が始まった。平成平成19年(2007)5月下旬、入梅。

ようやく完成!

梅雨の為、工事は遅々として進まず、梅雨の晴れ間の2日で屋根の葺き替え。その後外装工事。結局のところ外壁板で建物ごと丸々囲っちゃうってことか・・・。
3週間後、ようやく完成!内装とシャッターは以前のままである。
・・・とにかく、夏は灼熱のサウナ状態・・・・・・、休憩室と冷房はまだまだ先か・・・。

その後

アトリエには各種の工具や道具、それに加え作品などが床を占有し、作業空間を侵食し始めていた。対策として単管パイプで大きな棚を制作しることにした。一人の制作空間とはいえある程度のスペースがないといざというとき対応ができない。
その後、シャッターが新しくなり暴風にも耐えうるものとなった。アトリエの前と横をコンクリートで舗装しフォークリフトが走りやすいようにした。
相変わらず夏の暑さは猛烈だが、冬場は2台の石油ファンヒーターが活躍してくれている。